あること。いまを、いきること。ー another room

『一緒にいてくれてありがとう。』豊かで恵みあふれた世界をみるために、A Course in Miracles(奇跡のコース)を通したクラス、 セッションにて うちなる教師(医師)を育てています。

ゆるされた世界。

赦された世界(第17章-Ⅱ-1~8)

1. 自分が赦す人々がどれほど美しく見えるようになるか、あなたに想像できるだろうか。空想の中では、あなたはこれほど麗しいものを見たことがない。眠っていても目覚めていても、あなたがここで見るもので、その麗しさに匹敵するものは何もない。また、これほどまでに、あなたが貴び、大切にするようになるものも他にない。これまであなたの胸を喜びで踊らせたどんな思い出も、この光景がもらたすことになる幸せのひとかけらでさえ与えてくれたことはなかった。というのも、あなたは神の子を見るようになるからである。あなたが目にするのは、聖霊が愛してやまない美しさであり、その美しさゆえに聖霊は神に感謝している。あなたがそれを自分で見ることを学ぶまでの間、あなたに代わってそれを見るために、聖霊が創造された。そして、聖霊の教えはすべて、それを見て、聖霊と共に感謝を捧げることへと導くものである。

 

2. この麗しさは空想ではない。これは実相世界であり、広々とした青空の下ですべてが光り輝く、明るくすがすがしい新しい世界である。ここには何も隠されていない。すべてが赦されており、真理を隠す空想は一つもないからである。その世界とこの世界の間に架かる橋は実に小さく、実に楽々と渡れるものなので、それがこれほどに異なる二つの世界が交わる場所だとは、あなたにはとても信じられない。だが、この小さな橋は、この世界に少しでも触れているものの中で最強のものである。あなたが気にもとめなかったほどに小さなこの一歩は、時間を通り抜けて永遠の中に踏み込むための大いなる一歩であり、それにより、あなたはすべての醜さを超えて、あなたを魅了する美しさの中に入っていく。そして、その完璧さに、あなたはいつまでも感嘆し続けるだろう。

 

3.  この一歩は、これまでに踏み出された最も小さな一歩だが、それでも神の贖罪(アトーメント;ゆるし・和解)の計画の中では最大の達成である。他のすべては学ばれるものだが、これはすでに完成されて全一に完璧なまま、授けられる。救済を計画した神以外には誰も、それをそのように完成させることはできない。麗しさに包まれたこの実相世界に達することを、あなたは学んでいる。空想はすべて取り消され、空想に束縛されたままの人も物も残っていない。そして、あなたは自分自身の赦しにより、自由に見ることができる。だが、あなたが見るものは、あなた自身が作りだしたものだけであり、あなたの赦しがそれを祝福している。そして神の子が自らに与えるこの最後の祝福をもって、彼の学んだ新しい視座から生まれた真の知覚が、その目的を果たし終える。

 

4. 星々は光の中で見えなくなり、世界を美しく照らし出していた太陽も消え失せる。知覚は完璧になったとき無意味となる。学びに用いられてきた一切に、もはや機能もなくなるからである。そこでは何も変化せず、知覚を可能にしてきた変遷や明暗も、相違や差異も、もはや生じることがない。あなたが神に感謝する暇さえないほどに、実相世界の知覚は瞬く間に過ぎ去っていく。あなたが実相世界に到達し、神のための準備が整えられたときには、神は、速やかに最後の一歩を踏み出すからである。

 

5. 実相世界は、あなたが赦さずに見ている古い世界を、ただ完全に赦すだけで達成される。大いなる知覚の転換者が、この世界を作り出した心の中をあなたと一緒に丹念に探索し、あなたが世界を作りだした理由や理性のように思えていたものを、あなたの前に露呈させるだろう。あなたが聖霊に従うとき、聖霊が携えてくる真の理性の光の中で、ここにはまったく理性など無いということが示されるだろう。聖霊の理性が触れた場所はどこもみな美しく活気を帯び、理性に欠けたあなたの闇の中で酷く見えていたものが、突如として解き放たれ、麗しきものとなる。神の子が狂気の中で作り出したものでさえ、その中の美しい閃光が隠されていないわけではなく、優しさに触れればそれは解き放たれる。

 

6. あなたが赦しのまなざしで世界を見るとき、こうした美しさのすべてが現れてあなたの視覚を祝福するだろう。というのも、赦しは文字通り心眼(ヴィジョン)を変容させ、実相世界をあなたに見せるからである。静かに優しく混沌を越えてやってくる実相世界が、それまで知覚を捻じ曲げて過去に固定していた幻想のすべてを取り除く様を、あなたは見るだろう。最も小さな木の葉でさえ感嘆すべきものとなり、一枚の草の葉が神の完璧さのしるしとなる。

 

7. 赦された世界から、神の子は楽々とわが家へと引き上げられる。そこに戻れば、彼は自分がずっとそこで平安の内に安らいでいたことを知る。救済すらも夢となり、彼の心から消えてしまう。救済は夢の終わりであり、夢が終われば、救済に意味はなくなるからである。天国で目覚めている者が、救済の必要があるという夢を見たりするだろうか。

 

 

8.  あなたはどれほど救済を望むのだろう。救済があなたに与えることになる実相世界は、すっかり準備を整えて、すぐにでもあなたに与えられたいと勇み立っている。聖霊はこれを一刻も早くあなたに与えたくて待ちきれない思いでいるが、それでも忍耐強く待っている。聖霊との出会いが遅れることをもはや我慢しないことによって、聖霊の我慢強さに応えなさい。あなたの救い主に喜んで会いにいきなさい。聖霊を信頼して共に歩み、この世界から抜け出て、美しさと赦しに満ちた実相世界へと入っていきなさい。

 

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わたしのなかで「◯◯はだめ」としている「わたし」自身をゆるす。

ゆるさなくてはならないのは、いつも、自分です。