あること。いまを、いきること。ー another room

『一緒にいてくれてありがとう。』豊かで恵みあふれた世界をみるために、A Course in Miracles(奇跡のコース)を通したクラス、 セッションにて うちなる教師(医師)を育てています。

カミナリの命名。 聖霊に聴いてみること。

 夜の雷から、一変して、快晴です^^

 

雷といえば、

うちのお母さんから

「テレビでお笑いみていたら、

ぜっっったいに

この人は茨城出身の人だとおもったの!!」と

熱弁されました。

その芸名(コンビ名というのかな?)

が「カミナリ」らしく、なぜカミナリなの?

とお母さんに聴いたところ

「名前をかえよう!となって、その芸人さんの

お母さんにきいたら、丁度雷が鳴っていたから

カミナリでどう? といわれて、そうなったみたい!」

ということでした。

 

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クラスでも、セッションでも

 普段から

どちらがいいとおもいますか?

どう考えますか?

 

と、聴かれるときに

個人としてのわたしがどう思うか

というところも

あたりまえに、出てきますが

その奥の心、Spirit

また相手の方の聖霊に聴くようにしています。

つながっているところに、です。

だから、すこしだけ

(いや、だいぶかな)遅いです。

 

個の自分をふくめた、全体に貢献している

その真の自己の中心から

ズレてしまうと、疲弊しすぎます。

 

だから、聴くこと、尋ねること

立ち止まること、

「いま」の中心を

おしえてもらうこと

を、プラクティスしています。

どなたかがいる、それは

その方との「間」にこそ

中心、本来のわたしたちが

存在しているのです。

 

ご質問やお話いただいた方は

すべて、つねに

ことあるごとにおもってます。

(返事おそいだけで・・・)

あずけて、祈りの

あることも うれしいです。

 

「聴いてもらえるだけで、ありがたい」と

お話される方がいますが

「お話してくれて、

一緒にあずけられることこそ

ありがたい」と

かんじます。

 

 

これは、以前おしえていただいたことで

聞き流せなかった部分をふまえて

かきます。

 

奥の存在、声、Spiritを感じるには

体感、感知することは

身体からです・・・

「聴く」「みる」「感じる」

どれも、身体を通って

きています。

身体というのは

この「奥の心」を感じようとする

その目的において、

大切な道具、パートナーです。

最初に「Spirit」、そのための、

たいせつな道具・パートナーです。

 

ヒーリングも身体をつかいますが

Spiritに聴きながら、ついてゆくだけなので

「こうしよう」

「こうしておいたらよいかな」という

コントロールがはずれてゆきます。

「なんとなく・・・

ここのような気がする」という

力みのぬけた感覚を

お互いにうけとれます。

 

 

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スズメの朝ご飯。

 

 

明日は、朝7時ごろから

瞑想とヒーリングをすることになりました。

たのしみ^^

 

 

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