絵本の読み聞かせ講座にいってきました。
じつは、二回目ですが、
うんと、わたしも絵本のよろこびにふれられるひとときでした。
絵本や本のことを、ずうっと、弟から「これ、いいよ」と言われ続けていたり、おじさんからも「おまえは、これも、読めよぉ」と言われ、面白い本なのに、読み終わらないことが多かったです。
だれかが読んでくださる本を通して、よりその本が、落ち着いて読めています。なので、ひとりで読むことが中々、入っていかないのです。スピリットと、ともに読む、ときは、すごくゆっくりなので、先にすすみません。笑
絵本も、長く感じてしまうので、このおもいを、奇跡の道具につかってください、、と祈っているときに、出逢った講座でした。
前回の宿題で、月齢にあった絵本を用意してくださいね、ということでしたので・・・。
「くだもの」という絵本を
そして、「ぺんぎんたいそう」を買いました。
くだもの、は、私が感動してしまったから・・・です。
ぺんぎんたいそう、は、おすすめの本リストのなかで、その文字をみたときに
なぜか、そこだけ、こころに届いたのです。
どちらにしようかな、神様のいうとおり・・・とやってみたら
「どちらも、かいましょう」と。笑
わたしも、ぜひ、そうしましょう。と買ってかえってきました。
くだもの、は読むたびに、いやされます。
ぺんぎんたいそうは、深呼吸と、身体の動きが、まるでぺんぎんになったかのように、たのしいです。
そうしましたら、
きょう、とりあげて、読んでくださった絵本が「くだもの」でした。
蓮さんは、ずんずん、目の前までいき、いちごのページを手にとったり
最終的に、すいかのページを、やぶりました。ごめんなさい、、、とあやまっていましたら、先生が、テープで絵本をなおすの、好きなんですよぉ、蓮くんが、たのしくてやぶってくれたんだなぁとおもいだせますし、といっていました。
なんだか、とても、やぶれたそのページが、キラキラとしたページにみえました。
そして、各自がもってきた本を読んでいるときに、声をかけられました。
あ!その絵本、次回、とりあげる予定なんですよ「ぺんぎんたいそう」、
こんな風に、ペンギンみたく、動作と絵本を、いっしょに・・・やってみてくださいね!と
先生自ら、ペンギンの真似をしていて、かわいかったです。笑
わたし、国語の先生につけられたあだなが、「ぺんぎんさん」だったことも
ふんわり、おもいだして、ほっこりしました。
絵本をじぶんでめくる蓮さんをみていると、きっと、毎回、新しい驚きと発見があるようにかんじます。わたしも、それを、見つけられたらいいな、とおもいます。
重度の障害のあったお子さんに、絵本を、ふれあいながら、毎日読み聞かせていたら、通常のお子さんと同じ知能に(むしろ、それ以上に)なったというお話も聴かせていただきました。
それを、聴いたときに、絵本に流れる愛に、
ふたり一緒に、愛にひたった親子の姿が湧いて心に響きました。
絵本であっても、遊びであっても、自然であっても、なんでもよくて・・・。
ただ、ここに「うれしいね」「たのしいね」と、感じあえることを、見逃さずにいたいのだと、教えて頂いたようにおもいます。
「ないもの」に眼がむいてしまう心を、やさしく、道具につかってもらうこと。
ただ、あるものに、眼を、心の眼をむけて、ふんわりとみてゆくこと。
それをしてみたら、神さまのみている世界を、わたしも一緒にみれて
とけて、じぶんもなくなってしまうかもしれません。
そこで、また、うけとれる奇跡を蓮さんともみれたらいいなと、かんじました。
きょうも、あふれる優しい世界に感謝をこめて。