あること。いまを、いきること。ー another room

奇跡と恵みにあふれた世界をみるために、A Course in Miracles(奇跡のコース)を通したクラス、 セッションにて うちなる教師(医師)を育てています。

雨の日の朝に。

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本を読むと、その本の心に

かがみのように、同じものが映されて

体験へとつながってゆくことがあります。

 

もともと、あったものが

引き出される…というような。

 

 

同じような、体験、それを

同じだね、と心で感じられたときに

そこにあった幻は、奇跡の道具となり

消え去ってしまう…。

 

 

 

 

聴きたくないもの以上に、聴きたいもの、

愛の声、神という、全体に響くの声を

だれしもが響かせているし

それに耳をすませていたいのです。

 

 

めぐは、ほんとに、話をきかないよね、笑

 

と、家でも、実家でも、言われますが

聴いている言葉に囚われると

とたんに、考えすぎたり、心配という名前の

攻撃を、こころのなかで…し始めて

相手とじぶんの、内なる光をうけとれなくなります。だから、ふんわり、聴いています。

 

 

 

くるしいときは、感情を、みてあげること。

表現して、安心して、いていいよ、と

うけとってゆくこと。

 

そして。

 

その奥があって、

どんなおもいも、じぶんの子どものように

みとめてあげたなら

それを奇跡に、さしだすこと。

もっと大きな、わたしに。

 

なぜなら、じぶんというのは、

やわらかなもの

愛で

ほんとうは…

あいてとの間に、その空間に

みえないところに

存在するものだから。

この、身体の固定されたものが

あなた、ではないのだから。

その余白をかんじてゆくために

身体があるのだから。

 

 

 

じぶんという存在は、この世界では

相手がいないと、みえてこないのです。

 

 

 

蓮さんの、ギャン泣きをみると

過去のわたしを、とかく、見ています。

そして、なにがほしいでもなく、

ただ、うけとってほしい、安心したい、という

その声を…たしかに、わたしの放った声を

 

もう一度、ゆるしという、たったひとつのやさしさへと、もどされます。

 

 

 

今日も

奇跡のあふれる一日をうけとれますように。

いま、うけとりましたことに

感謝をこめて。