あること。いまを、いきること。ー another room

『一緒にいてくれてありがとう。』豊かで恵みあふれた世界をみるために、A Course in Miracles(奇跡のコース)を通したクラス、 セッションにて うちなる教師(医師)を育てています。

「思い込み」の世界。

 
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SNSでの交流が頻繁になったのは、携帯をもちはじめて。
メール、mixiTwitterfacebook、LINE、amebroと色々つかいながら
じぶんの元々もっている「嫌われたらどうしよう」という夢、
思い込みがあらわになっていると気づいた今日です。

こんにちは、恵です手紙

大分まえに、こんなことが、ありました。
facebookには「友達」の機能がついています。
わたしは、なにか嫌なことをしたのか、 
まったくわからないのですが
ある子から、友達を外されていました。
それに気づかないで(鈍感なので)、 
過ごしていたのですが
気づいてから、心のどんよりした、悲しい気持ちが
ずーっとどこかにひっかかっていました。

拒絶された? なにかした?
わたしの学んでいることや、
やってることが、へんだから?
そもそも、こういうわたしが嫌いなのか・・・

小さなことからはじまり、
相手にどう思われているのかが
次からつぎへと、上のようにでてきました。

「わたしは、わたしの思うような理由で、動揺しているのではない」
と、したら、わたしはきっと
もともと、「わたしは、わたしが変わってる」し
「みんなに思ってることを表現したら、一緒にいてもらえなくなる」と
おもってきたのだとおもいます。

「分離-Separation」は存在する。
その思い込みや夢の中でいきているとしたら
「カタチ」にとらわれ続けて、
わたしは安心できなく、いつも
「離れていったら、どうしよう」という
夢のなかにとらわれたままだったでしょう。

無意識に、わたしは、友達から外されるほど
ダメなひとだと、責めている気持ちが、
あったのでしょう。




分離は、自我の世界、
時間のある世界で存在します。
善悪、いいわるい、二元の世界です。

時間が崩壊する世界、ゆるされた世界。
それは、存在するのです。
むしろ、それしか
存在していなかったことに、
感謝しかありません。

どんなに、責めても、
苦しんでも、あなたを
すくいにくる
差し伸べられる手が
いつも、いまここに、あるのですから。