あること。いまを、いきること。ー another room

『一緒にいてくれてありがとう。』豊かで恵みあふれた世界をみるために、A Course in Miracles(奇跡のコース)を通したクラス、 セッションにて うちなる教師(医師)を育てています。

感覚をふかめて、Spiritの愛にふれてゆく。

 パンジーの鮮やかな色・・・!

 

庭の草抜きをしました。

頼まれてやるより

コロボックルみたいに

密かに、やっといたよ

が好きなのですが、笑

今日は

すこし雑な草抜きになっていました。

(寒い中、たのまれたので。笑)

 

 

わたしは、料理も家事も

まったく教わったことがなくて

なぁんにも知らず。

家から出て、

まわりの方から

一緒にやってもらって

自然と学んでゆけました。

 

「いつのまに!」

「仕事が丁寧だね、」

「部屋がぴかぴか!」

 

そう褒められるときは

じつは、ほめられているのは

もっと奥の存在、神であり

わたしのまわりの方々、

もうひとりの

わたし、です^^

 

めんどくさがりな「わたし」も

います。

それも、ゆるしています。

だって、その「わたし」は

だれもみていないとき

知らないところで

ものすごく「観て」いるから。

 

 

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表現できると

さらさらとした、

小川の流れるような

感覚です。

 

あなたが、感覚を

ときはなちたいとき。

その感覚は、まわりのため

もうひとりのじぶんのため

聖霊の感覚です。

 

心の、奥の奥で

感じていることを

一致させながら

生活してみましょう。

この一致、Courseでは、

聖霊とともに行う感じです。

 

 

深呼吸する方もいますし

胸に手をあてて

スピリットに聴く方もいます。

動的な瞑想をする方もいますし

ただ、ただ、ノートに想いをかく方も。

 

レベルのちがう、

祈りにふれると、命の光で

わたしは

もどれます。(もどしてもらえます。)  

(「これだ!」という

固定的するのではなく、流れているもので…

セッションやクラス、ヒーリングなどで、

わたしも一緒に調律していただいてます。)

 

 

 

外側の「◯◯のせいで!」と

なるときほど、

また、いつも通りの考えで

停滞感のような感覚をみるほど

ぎゅっとしめつけられます。

 

閉じています。

自分(分離した自分という、自我)の

クセでもあります。

 

 

自我のエネルギーは

気づかずに選ぶほど

重たく、

空っぽの状態(愛の状態)とは

ぜんぜんちがっていて。

 

 

 

 

 

外側のあれこれに

たとえば、

関わるものごと、ひと

本にある知識、

こりかたまった自分ひとりの考え

そこに

意識がむきすぎるとき

 

まるで、

じぶんには力がない、

価値がない、

となってしまいます。

 

 

そのときに、

そこを掘り下げても

ちょっと違うかなぁ、と。

だから

「助け」を

心からおもえました。^^

 

 

 

なにか、

外側のことのせいで、

あなたの輝きが

そこなわれることは

ないです。

 

もしそれが

ありうるときは。

 

自分には

なにもない、と

ほかでもない

自分自身が

(まったく意味不明なことを)

証明しようとしているときです。

 

 

いそがず、あせらず、じっくりと。

 

そのための材料や道具が

目の前にあることは

うれしいことでも

あるはずです。:)

 

「恐れがあるということは

あなた自身が強さを

もっているということを

信頼していることの

確かなしるしです。

恐れるものなど

何一つないという自覚は

あなたは

まだ気づいていないかもしれないけれど、

心のどこかで

あなたは神を覚えていて、

自分の弱さを神の強さに

取って代わらせているということです。

あなたがそうすることを望んだとだんに、

本当に恐れるものなど何ひとつなくなります。

Lesson48  A Course in Miracles」

 

 

 

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